●海賊版ブロッキング問題 憲法の観点から問題点を整理する(2018.05.05 京都大学曾我部教授)

  • 2018年4月13日、政府の知的財産戦略本部(知財本部)犯罪対策閣僚会議において、「インターネット上の海賊版サイトに対する緊急対策」が決定された。
  • 漫画コミックなどを中心に無断でコンテンツを無料配信する海賊版サイトである「漫画村」など3サイトが名指しされた上で、その被害が深刻であることから、「法制度整備が行われる間の臨時的かつ緊急的な措置」として、インターネット接続事業者(プロバイダー)が3サイトへのアクセスを遮断する措置(ブロッキング)を行うことが必要であり、所定の要件を満たせば法的にも可能であることが示された。
  • 4月23日にはNTTグループ3社がブロッキングを実施する方針を発表
  • 問題のサイトはすでに閉鎖されている模様
  • (1)法制度整備なしにプロバイダーがブロッキングを実施することに法律上問題はないか
    • 「電気通信事業法」の通信の秘密侵害罪(※)が成立してしまう
  • (2)政府がブロッキングを促すことに憲法上の問題点はないか、
    • 「情報受領の自由」(憲法21条1項の表現の自由に含まれる)
    • 「検閲禁止」(同条2項前段)
    • 「通信の秘密」(同条2項後段)
    • 「財産権侵害の場合の補償」(29条3項)(ブロッキング実施のためのプロバイダーのコスト負担)
    • 海外の例をみると、日本と同様の自由主義的諸国でも海賊版サイトのブロッキングの実例は少なからず存在するが、裁判所による命令が要件とされる例が多い。
    • 児童ポルノについては、日本でもすでにブロッキングが行われている。これも政府からの事実上の要請に基づくものだが、児童ポルノ被害の深刻さやブロッキングの必要性がプロバイダー各社にも十分理解された上で自主的な取り組みとしてなされていること、「緊急避難」の要件を充たすことに争いがないこと、恣意的なブロッキングを防ぐための体制が整えられていること、といった点が、海賊版サイトのブロッキング問題とは異なり、同一視できない。

●著作権保護のための通信遮断が緊急避難にあたるのか?

    • 政府 海賊版サイトへの通信遮断を要請へ 190406
      • 政府は国内に拠点を置くインターネットプロバイダーに対し、ネット上で漫画や雑誌を無料で読めるようにしている海賊版サイトへの接続を遮断する措置(サイトブロッキング)を実施するよう要請する調整に入った。月内にも犯罪対策閣僚会議を開催し、正式決定する見通し。
    • 安心ネットづくり促進協議会児童ポルノ対策作業部会法的問題検討サブワーキンググループ報告書
      • ブロッキング
        • インターネットアクセスを提供するISP等が、ユーザの同意を得ることなく、児童ポルノサイト等予め決められた一定のサイトへのアクセスを遮断する措置。強制フィルタリング。
      • 通信の秘密の侵害となる可能性(通信の秘密:憲法21条、電気通信事業法)
        • 憲法 21 条などの憲法第三章の各規定は、原則と して、「国または公共団体の統治行動に対して個人の基本的な自由と平等を保障」するもの であり、公権力の主体ではない電気通信事業者の自発的な行為は、直ちに、それ自体が憲 法 21 条の各規定との抵触が問題となるわけではない。
      • ブロッキングは、同意があれば大丈夫
        • 通信の秘密という重大な事項についての同意であるから、その意味を正確に理解したうえで真意に基づいて同意したといえなければ有効な同意があるということはできない。その意味で、単に約款に記載しただけでは通常は有効な同意があったとは言えないと考えられ、同意の取得方法についても十分な配慮が必要となる。 
        • ブロッキングは、アクセスを遮断して、通信の秘密を「窃用」するだけではありません。遮断の前提として、論理的にはすべての通信について、事業者が利用者のアクセス先を「知得」する必要があります。これも通信の秘密の侵害の一種です。
      • 正当業務行為の場合は許容される。
        • 業務:社会生活上の地位に基づいて反復・継続される行為
        • 電気通信事業と通信の秘密との関係でも、課金・経路制御・帯域制御、大量通信対策、OP25B・IP25Bなどネットワークの安定的運用維持のための措置は、いずれもその行為によって通信の秘密を侵害するものの、他方で電気通信事業者の事業の維持・継続に必要ないし有用なものである。
        • 外務省機密漏洩事件(最高裁昭和53・5・31)においては、行為者は機密の漏洩という法益侵害によって、他方で報道の不可欠の前提となる情報を獲得するという関係にあった。
        • ファイル交換ソフトによる情報漏洩の防止のように一般的な意味では正当な行為と言い得るものであっても通信役務の提供それ自体と関わりなく専ら特定の通信の危険性に着目して採られる措置については正当業務行為とは認められていない。
        • 例えば、いわゆるヤミ金業者が発信した脅迫的内容の電報について、電気通信事業者に、これを差し止める義務があるかどうかが争われた事例において、これを否定したものがある(大阪地裁平成16年7月7日判決、判例時報1882号87頁)。
        • 同判決では、脅迫電報の差し止めは、①通信事業者に求めることが適当でないのみならず、かえって公共的通信事業者としての職務の性質からして許されない違法な行為である、②電気通信事業者の提供する役務の内容として予定されているのは、あくまでも物理的な通信伝達の媒体ないし手段として、発信者から発信された通信内容をそのまま受信者に伝達することである、③ある電報が犯罪的な内容であるか否かを把握するためには、全電報を審査の対象としなければならず、結局、圧倒的に多数のその他の電報利用者の通信の秘密を侵害することになり、このことによる社会的な悪影響はきわめて重大である、④通信の内容が逐一吟味されるものとすると、萎縮効果をもたらし、自由な表現活動ないし情報の流通が阻害される、⑤現行制度上許されない作為義務を電気通信事業者に求めるものである、などと判示した。
    • 正当防衛(刑法第36条)・緊急避難(刑法第37条)・正当行為(刑法第35条)に当たる場合など違法性阻却事由がある場合には、例外的に通信の秘密を侵すことが許容されることになる。
      • 検閲とは異なり、「表現の自由」、「知る自由」、「通信の秘密」に対する制限は絶対的に禁止されるものではなく、公共の福祉に適合する場合には、合憲なものとして許容されるというのが判例・通説である。ただ、表現の自由、知る自由、通信の秘密は、精神的自由に属するものであり、それが憲法上許容される公共の福祉に基づく規制であるかどうかは、いわゆる「厳格な基準」(LRA の基準、必要最小限度の基準)に従って判断されるべきであるというのも判例・通説の立場であると言える。
      • 刑法上、明文化された個別の違法性阻却事由(正当防衛、緊急避難、法令行為など)の背後に、より一般的な違法性阻却の根拠が存在するのか?
      • 正当防衛や緊急避難
        • 大量通信に起因する電気通信事業者の設備障害の発生を回避する目的で、 DOS攻撃等のサイバー攻撃、ワームの伝染及び迷惑メールの大量送信及び壊れたパケット等の 大量通信に対して、遮断その他の措置を採る場合が挙げられる。
        • インターネット上における、人命保護の観点から緊急に対応する必要があ る自殺予告事案につき、ISPが、警察に対して、書き込んだ者や電子メールを送信した者の氏名・ 住所その他当該者を特定するに足りる情報を開示する場合が挙げられる。
    • 児童ポルノのブロッキングは可能なのか?
      • 「緊急避難」(刑法37条)とは、(1)現在の危難、(2)補充性、(3)法益の均衡の3つの要件がそろっている場合のことをいいます。海外サーバにある児童ポルノサイトについては、対象となった児童にとって過酷な人格権の侵害がネット上で継続している状態であり、全体的な児童ポルノ対策の中で、通信の秘密との関係でこの3つの条件がぎりぎり認められると判断されてきました。
      • 児童ポルノコンテンツについては、①現在の危難(被写体となった児童の著しい権 利侵害の拡大危険の防止)、②補充性(警察等による削除要請をしてもなお発信者で削除が なされない等)、③法益権衡(当該児童ポルノ画像による権利侵害が著しく通信の秘密を上 回るといえる状況であること)の三つの要件が充たされれば、刑法 37 条の緊急避難が成立 し、犯罪は成立しないとの解釈を前提として、電気通信事業者の自主的取組みによるブロッ キングが行われている
      • 利用者保護の観点
        • 児童ポルノの閲覧行為が違法であったとしても、児童ポルノ閲覧という違法行為に及ぶ可能性を排除したい者は任意にフィルタリングサービスに申し込めば足り、自ら意図的に違法行為に及ぼうとする者を妨げる形で保護することはISPの事業には含まれないのであるから、利用者保護の必要性からの正当業務行為を認めることは困難である。
      • ブロッキングによって侵害される法益は、通信の秘密であり、他方、ブロッキングによって守ら れる法益は、児童の権利等であり、身体法益や自由法益と位置づけることができる。
      • 社会的法益の側面とは、児童一般が健全な性的観念を持てなくなるなど児童 の人格の完全かつ調和の取れた発展が阻害されないようにすること及び児童を性欲の対象とし てとらえる風潮を抑止すること等であり、他方、個人的法益の側面については、主に、当該児童の 心身への有害な影響と、その成長への重大な影響等から保護することであると解される。  
      • 補充性、すなわち危難を避けるために他に採るべき侵害性の少ない手段が存 在しないということは、この「やむを得ずにした」の内容をなすものと解されている。
        • 検挙及び削除は、ブロッキングと比べてより侵害性が少なく、効果の面からみても より適切な手段ということができるから、これらの手段を採ることにつき容易性・実効性が認められ ない場合にのみ、ブロッキングについて補充性が認められると考えられる。
        • 例えば、サーバが海外にあり、かつ、サーバ管理者が海外ないし不明であるなど国内に接点が ない場合には、検挙や削除に容易性や実効性があるとは言い難く、原則として補充性が認められ ると考えられる。
    • 著作権違反に関するブロッキングの分析
      • 児童ポルノについては、ウェブ上において流通し得る状態に置かれ た段階で児童の権利等に対する重大かつ深刻な法益侵害の蓋然性があると言える ことから、この段階で危難の存在を肯定できるものと解されるが著作権という財産に対する現在の危難が認 められる可能性はあるものの、児童ポルノと同様に当該サイトを閲覧され得る状態に 置かれることによって直ちに重大かつ深刻な人格権侵害の蓋然性を生じるとは言い 難いこと、補充性との関係でも、基本的に削除(差止め請求)や検挙の可能性があり、 削除までの間に生じる損害も損害賠償によって填補可能であること、財産権であり被害回復の可能性のある著作権を一度インターネット上 で流通すれば被害回復が不可能となる児童の権利等と同様に考えることはできない ことなどから、本構成を応用することは不可能である。
      • 電気通信事業法には、通信の秘密と異なり、オーバーブロッキングに関する規定はなく、仮に オーバーブロッキングになったとしても、処罰や行政処分の対象ではない。しかし、表現の自由の 侵害であることは明らかであり、民事上の不法行為責任を問われる可能性がある。
      • ブロッキング では、実施する個々のISPがリストの内容の当否を判断するなどの関与をすることは想定されて おらず、第三者が作成するブロッキング対象リストに基づいて行われるものであるため、オーバー ブロッキングは、基本的にはリスト作成・管理者が責任を問われるべき問題であるとはいえ、ISP は、任意にそのリストを採用しているのであるから、一切責任を負わないとは必ずしも言い難い。
    • 結論
      • ブロッキングは、適切な内容を含む通信全般を監視し、不適当な内容の通信を遮 断するというものであり、事実上の私的検閲行為であり、その実施対象については、 児童ポルノに限定し、他に拡大することがあってはならない。
  • 宍戸常寿 180406
    • 通信の秘密の違法性阻却事由たる緊急避難は極めて厳格な要件の下で認められると考えており、事実上、児童ポルノのDNSブロッキングが限界だろうと思っております。
    • 電気通信事業法の解釈としては無理であり、立法措置が必要。
    • 国民全体の通信の秘密・知る権利に、公開の議論もなく性急に決着を付けることで、回そうというのは、私にとっては理解しがたいことです。
    • 通信遮断はアクセスを遮断する「窃用」だけではなく、その前提として論理的には全ての通信について事業者が行き先を「知得」する必要があります。全ての国民の全ての通信の秘密を、このような法令上の正当行為でもなく、緊急避難でもない形で侵害することは、許されないことだと思います。言い換えれば、著作権侵害サイトにアクセスするわけではない、全ての通信の秘密が、不当に侵害されることになるのです。
    • このようなあやふやな根拠で遮断をしろと要請されても、通信事業者は経済的負担・設備準備以前の問題に、法的リスクの問題も考慮する必要があります。遮断に関わるISP等は、通信の秘密侵害罪での大量の告訴告発等のリスクにさらされることになります。仮に政府見解ないし会議の決定なるものが示されても、それを信頼して行動したことのリスクは負わなければ行けません。
    • ここから先は憲法・情報法研究者の間で見方が分かれるものと思いますが、私自身は、適切な利益衡量を行い、明確な基準を立て、必要最小限度の範囲に遮断の範囲を限定し、司法的関与・異議申立て等の手続を整備して、著作権侵害サイトへの遮断を合法化する立法は、公共の福祉に適合し憲法21条に反しない余地があるものと考えています。
    • 適切な利益衡量をおこなって、明確な基準を立て、必要最小限度の範囲に遮断の範囲を限定し、裁判所の関与・異議申立ての手続きを整備したうえで、海賊版サイトへのアクセス遮断を合法化する立法は、憲法21条(表現の自由、通信の秘密)に反しない余地があると、私は考えています。
    • この問題については、 木下 昌彦 (Kinoshita Masahiko)先生の知財本部委員会での「著作権侵害サイトのブロッキングをめぐる憲法上の問題について」が参考になるでしょう。 https://www.kantei.go.jp/.../2018/contents/dai3/siryou4.pdf
    • 民主的な立法過程はもちろん万能ではありません。が、そこを通すという手続きを踏むことで、全ての当事者が自己の利益・考えをもう一度見直し、濫用のおそれのない合理的で正当な集合的決定にたどり着くことができるはずというのが民主主義を支える考えであり、現在の政府もそれによって統治の正当性を得ているわけです。
    • そうした立法過程を回避して、国民の基本的権利にかかわる重要な問題について、自己の利益を通そう・あの人の利益を通してあげようというのは、それが美辞麗句で語られれば語られるほど、警戒をする必要があります。
    • 法律による行政の原理とはそうした機能を持っています。そして今回は、通信の秘密だけでなく、この原理それ自体が危険にさらされているともいえます。
  • 木下 昌彦
    • 拙稿を挙げて頂いて恐縮です。正直、私も、刑法の緊急避難でいくのは常識的な解釈では無理なので、立法で対応するものだと思っておりました。それを事実上の要請でいくというのは驚きを隠せません。緊急避難の拡大解釈と刑法の伝統的な枠組みとの整合性を政府としてどう位置付けるのでしょうか。
    • そもそも、例えば、音楽の違法ダウンロードは近年大幅に減っていると言われていますが、それにはスマホにダウンロードし放題というサービスが付いたからだともいわれています。
    • ブロッキングのないアメリカではアメコミが隆盛しており、ビジネスモデルに起因するところも大きいのではないかと思います。業界として本当に打つ手がないのか、もちろん、反論もあるでしょうが、それを議論するうえでの充分な資料がなく、多方面からの調査もないのは事実で、それにもかかわらず、拙速な判断を断行することには疑念を感じざるを得ません。